誘蛾灯SS 「もしも誘蛾灯に燐√があったら的な何か」

誘蛾灯SS 「もしも誘蛾灯に燐√があったら的な何か」

■■■注意!■■■
・誘蛾灯に燐√があったら良いなーと思って書いた人生初SSです。
 なので色々酷くても甘めに見てください…。
・誘蛾灯布教の教祖の熱にやられて書かされた感があります。
・誘蛾灯全クリ前提の内容です。つまりは鰻√みたいなもんです。
・夜燈が燐と姫蝶のアレを目撃しちゃうとこから始まります。序盤の赤文字部分は原作と同一です。
 また、ちょくちょく本編内の文章の引用ありです。
・時代考証は全然出来ていません。
 自分でもおかしい部分は何点か把握していますがストーリー都合上スムーズなんで…。
・後半明らかにプロットのみの部分があります。力尽きた…。またやる気が出れば修正するかも。
 誘蛾灯大好きなあなたなら足りない部分も脳内補完出来るはず!(他人任せ

誘蛾灯ってなんだと言う方はこちら(公式サイト)
全年齢BLゲーですが、サスペンス色が強いので男性でも楽しめるかと。(私の感想)

残念ながら誘蛾灯は絶版となっているので手に入らない場合は、同サークルでフリーの「幽霊探偵」もあるのでそちらを是非(宣伝

SSへ


右のエロゲバナーが目に入りそうなので下の方に掲載しています。












































































































































































































































































































―――僕は変わりたくない。

このままずっと変わりたくないと思っている。

この生活が永遠に続けばいいと思っている。

廊下の窓から眼下の校庭を眺める。

逢魔刻とも呼ばれるこの時間、真っ赤な夕日に彩られたその空間は、なんだか異世界に見えた。

下校中の生徒たち、部活中の生徒たち、生きとし生けるもの、無機物な校舎、全てが橙。
その侭、時が止まっても誰も気付かないのではないかと、思うほどの、赤。

嗚呼、この侭時が止まってしまえば。

僕は時の止まった校舎の中で永遠に燐と姫蝶と共に閉じ篭っていられるのに。
あの居心地の良い空間に、ずっと。

仁王立ちになって怒る燐、それにたじろぐ僕、それを見て笑う姫蝶。
それはずっと変わらなかった光景。

これからも変わらないでいて欲しい、光景。

何時の間にか教室の前に到着していたようだ。
僕は先刻まで考えていた事を思い、少し恥ずかしくなった。

今、そんな事を思い悩んでも仕方がない。
僕等にも何時か別れはくる。
しかしそれはまだ先の事だろう。
まだ、高校卒業まで時間はある。

もし仮に、一時的に―――そう、進路が分れてしまったとしても、僕等の関係はこれから先もずっと変わりはしないだろうから。

僕は一人で苦笑した。

衣嚢から、件の懐中時計を取り出して眺める。
直ぐに済むと云いながら、結構な時間が経ってしまったようだ。
まだ、二人は待っていてくれているだろうか。僕はドアの中央にある覗き窓をそっと覗いた。

そして、

僕の時だけ止まった。

―――あれは、誰だ?

逆行で見えない、誰だか分からない、窓際のあの二人は誰だろうか。

(ウソヲツケウソヲツケオマエハワカッテイルダロウ?)

二人は寄り添って、顔と顔が近づいて、

―――あの二人は、一体何をしているんだ?

(ウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダ。)

顔と顔が近づいて、近づいて―――

僕は、口元に引き攣った笑みを浮かべて後退った。

―――なんだ、あれは?
おかしいじゃないか、だって、だって、あの行為は―――。

(ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメテクレ)

―――あの行為は、

こいびと同士のそれではないのか?

(アア、アア、アア、アア、アア、アア、)

嗚呼、彼女は幸せそうに微笑んで。

幸せそうに。

(アア)

  かわらないものなど、ないのだったっけ。

     何かが焼け焦げた音がした。




「…夜燈、夜燈」

僕を呼ぶ声が遠くから聞こえる。

「一体何時まで寝ているつもりなの?」



「ほら!好い加減に起きなさい!」

強烈な張り手が僕の頬を襲う。

「ほら!起きましたわ!やはり姫蝶のような呼び掛けだけの生ぬるいやり方ではこの眠り姫は起きませんことよ!」

誰が姫だ、誰が…。
せめて三年寝太郎とかにしてくれ…。
と思いつつ気だるさを纏いながら体を起こした。

「燐…。やり過ぎだ」

その姫を冠している姫蝶は少し不機嫌に燐を諭している。

「まったく、扉の前ですごい音がしたから来てみれば倒れているのですから吃驚しましたわ。先日もここで何やら私を侮辱するようなことをくだくだくだくだと夜燈は奇声をあげていましたし、今度は気絶した振りをして私を担ごうとしているのかと思いましたわ」

「夜燈、大丈夫かい。どこか痛いところはないかい?倒れた時に頭を打ったようで冷やしていたのだけど…。もっと冷やす?吐き気は?頭痛とかしない?」

姫蝶の怒涛の質問に気圧されながら答えた。
「うん、大丈夫。むしろ頭より頬が痛い…」

姫蝶が責めるように燐を睨む。

「だ…だって仕方ないじゃない!夜燈は呼びかけても全然起きないし。大体日本男子たるものが転んで頭を打ったくらいで気絶するなんて軟弱ですわ」

どうやら目にした光景があまりに衝撃的すぎて卒倒してしまい頭を打ったみたいだ。
我が事ながら情けない…。

燐と姫蝶は転んで気絶したと勘違いしてくれたようだが。
まあ、どちらにしても情けない…。

ともかく介抱の方針は違えど僕の身を案じてくれていたようだ。

さて、僕は、これからどうするべきなんだろうか。

―――どうするもこうするも無いだろう。
自分の感情に折り合いを付けて、明日からは普段通りに振舞わなければならない。
燐と姫蝶がこいびと同士になったからと云って僕の態度が変わったら、屹度(きっと)燐も姫蝶も僕のことを疎んじるだろう。

何食わぬ顔で二人を祝福して、何時か僕の決心が付いた時に、何食わぬ顔で二人からそっと離れなければならないのだ。

―――それは途方もなく難しいことに思えた。

自分の中で澱を抱えたまま二人と付き合っていくなんてとても出来そうにない。
数少ない勇気を振り絞って僕らの関係を変えるかもしれない質問を投げかけた。

「だいたい頭を打っているのに頬を張るとか何を考えているのですか」

「姫蝶の方法では夜になっても起きないかもしれないじゃない」

「ねえ、―――きみらは、交際しているの?」

僕の介抱方法について応酬している二人を尻目に発したその脈絡の一切ない唐突で端的な小さな質問は、しかし想像以上に大きく響きその場を支配した。

会話が止まる。
静寂が恐ろしい。

やはり聞かなければ良かったのだ。
三人の関係が徐々に壊れていく足音が聞こえる。
いや、そんなものが聞こえる訳がない。
しかし自分の心音が徐々に高まり僕自身の身が張り裂けそうである。

―――その緊迫感で固まっている僕の目の前を、一匹の逢魔刻に相応しい蝶とも蛾とも判別出来ない美しい蟲が目の前を横切ったのが視えた気がした…

永遠にも感じた静寂を破ったのは姫蝶の呆れ混じりの声だった。
「……馬鹿ですね、夜燈。
交際はしていませんよ。夜燈が何を見てその突飛な発想に至ったか大体想像がつきますが」

「え……。でもきみらはあの…。教室で…」

「事故だったんです。燐が僕の顔についた髪の毛を笑いながら取ろうとしてくれたのですが、足を滑らせて僕の方に倒れ込んでしまったのです。ね、燐」

「え…ええ、そうですわ。私としたことが不覚ですわ。これではあまり夜燈を笑えないですわね」

僕の断腸の想いの質問は、なんとも気の抜けた真実を提示されて終わった。

燐が躓いてそれを庇う形で抱き合った二人に対して僕は想像力を働かせすぎて見てもいない『接吻』を視たようだ。

その後は、いつも通り他愛無い雑談をして學校を後にした。
危険なのでもう有賀町連続猟奇殺人事件には関わらないようにということで燐を説得した。

そのせいか燐が去り際に泣きそうな表情をしているようにも見えたのが印象的だった。




「この文献も参考にならない…」

僕のそばで声が聞こえる。

どうやら何かの資料を読んでいるようだ。



「良い資料は見つかったの?夜燈」

燐に呼ばれ振り向く。

今日は図書室で課題の調べ物をしていた。
各自が興味のある生物の生態についてまとめるように課題が出たのだ。
僕ら3人は課題の為にお互い協力することにし、今は燐が選んだ生物についての資料を集めていた。

「どうせなら猫や犬とか身近な動物にすれば良かったのに」

「僕の家にはあかりもいますしね」

「それじゃあ面白くありませんわ。」

「燐らしいですね。でもなぜそこで『蝶』を選んだのですか?」

「仏蘭西で蝶々夫人を観劇したので。それに優雅に舞っている様が素敵ですし」

そんな会話をしつつ作業を行っていたところ、一匹の蛾が図書室に迷い込んできた。
そして、電灯にお決まりの楕円を描きつつ何度もぶつかる。

「蛾は蝶と違って優雅ではありませんわね。馬鹿みたいに愚直に電灯を目指して」

「蛾と蝶は同じ『鱗翅目』の仲間ですよ。特徴、習性に違いもありますが、昼行性の蛾もいますし。国によっては蝶と蛾を区別しない所もあるみたいですね」
姫蝶が資料を眺めつつ答える。

「そう云えば、あの電灯に何度もぶつかる行動ってどんな意味があるのだろうね。光を求めているのか、光を獲物と誤認しているのか」

「それは蛾の『走光性』が関係するのですが。言葉では伝えにくので図解で解説しましょうか」
ノートを取り出しつつ姫蝶が準備をしていると、

「ちょっと待ってて」
声と共に燐が図書室を飛び出して行った。
今度は一体何を思いついたのやら。
付き合いは長いがまだまだ燐の行動は読めない。

数分後、移動式の黒板と白衣を持った燐が姿を現した。

「せっかくなので分かりやすく講義して頂けます?姫蝶」

どうやらその為だけに隣の化学室から黒板を引っ張ってきたようだ。
ついでに置き去りにされていた白衣も拝借してきたと…。

「黒板で図解するだけならまだしも、なぜ白衣を着る必要性があるのですか…」

「こういうのは雰囲気が大事ですわ。」
なぜか満足気でやり遂げた表情の燐。

「じゃあ講義をお願いします。姫蝶先生」
僕も悪乗りして姫を囃したてる。

「もう、夜燈まで…」
やれやれという顔をしつつ白衣を着込み白墨を用いて黒板に図解を記す。

姫蝶は基本的には敬語なので先生役が大変嵌っていた。

「まず生物が光刺激に反応して移動する性質を『走光性』と云います。
走光性のうち、光のある方向に近づくような行動は『正の走光性』、光から離れるような行動は『負の走光性』とも云います」
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「じゃあ、例えばミミズは弐の負の走光性を保有しているということかしら?」

「そうですね。そして蝶や蛾は『参』の光に対してある一定の向きに動く性質を持っています」

「でもそれだと蛾が光に向かって円を描いて飛ぶことは無いはずじゃないの?」

「そうだね。進行方向に問題なければずっと同じ方向を飛びそうだ。」
燐が質問し、僕も同意を示す

「しかし、太陽と燈などの光源では光の方向が一定なのか、放射状なのかという違いが発生します。これが円を描きながら光源に向かうことに繋がるのです」
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「なぜ放射状の光だと円を描くことになるの?」


「燈の下に一匹の虫がいたとします」
カッカッと白墨の小気味良い音が響く。
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「これだとちょっと分かりにくいので更に単純化して光源と虫を俯瞰した図に直します」
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「ここで光源の光に対して虫は一定の角度θを保って移動します」
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「しかし、光源は放射状の光を発しているので、その動いた先の光でも一定の角度θを保って移動する必要があります」
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「これを繰り返すと虫は光源の光に対して一定の角度θを保って移動した結果、楕円のような動きとなり最後は光源に激突となります」
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カッという白墨の音と共に姫蝶の話が終わる。
なるほど。このように図解にするとあの不可解な楕円の動きにも納得出来た。

「納得しましたわ。でも光源に向かって飛んでいると思っていたので少し残念ですわ。別に光源に惹かれているわけではなく、ただ反射としてそういう動きになっていただけなのですわね」

「結果的にその行動が光源に近づくことになるのなら、それは光源を求めているとも言えると思いますよ。他者から見たらその動きの真意なんて簡単に計れるものでも無いですし」

「姫蝶にしてはえらく論理的でないことを云うんだね。てっきり、蛾などの虫ケラに意思はないと一蹴するのかと思った」

「世の中、一見関係ないような行動にも意味があったりするものですよ」

なんだそれ。偉く意味深な言い様だ。


「ちなみにこの蛾の螺旋の軌跡を数式化すると以下の対数螺旋となります」
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「対数螺旋は自己相似です。すなわち、任意の倍率で拡大または縮小したものは、適当な回転によって元の螺旋と一致します。例えば、e2πb 倍に拡大したものは、回転することなしに元の螺旋と一致。対数螺旋は、拡大・縮小以外にも様々な変換に対する不変性を持つ…」

「待って待って!そこまで解説しなくて良いよ。そもそも蝶の生態を調べていたのに数学の話になっている。大体、そんな螺旋なんて日常に関係ないだろう」

「身近なところでは松ぼっくり、鸚鵡貝(オウムガイ)にも螺旋がありますし、絵画ではレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、葛飾北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」でも螺旋を意識されて描かれていますね」
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実例を挙げられてはぐうの音も出ない
ちょっと蛾の行動に疑問を持ったらまさかそこまで話が広がるとは。

「話が脱線しすぎですわ。そろそろ図書室も閉まりますし、資料をまとめて課題を終わらせましょう」
燐の一声で姫蝶の講義は終了した。
自分がふざけて講義を依頼したのに勝手なものだ。
まあ、それに乗った僕も共犯であるが。

図書室が消灯され退室する際にふと思った。

蛾はどんな気持ちで光に近づくのだろうか。
習性として特に疑問もないのだろか。
それとも光に焦がれつつ到達しても絶対に手に入れられないことを悔やんでいるのだろうか。

まるで、ギリシャ神話のイーカロスのようだ。

僕にとっては眩しすぎる親友二人との関係もそれに似ている。
更に近づきたいとも思う時もあるが、近づくとこの均衡が崩れてしまうのではないか。

螺旋では無く、付かず離れず延々と同じ場所を廻っていたい。

そうやってこの侭時が止まってしまえば良いのに。

そうすれば…。

そう夢想していると先ほどの蛾が目についた。

光源が無くなった蛾は延々と同じ場所をグルグルと廻っていた。

―――グルグルと同じ場所を。自身が飛んだ軌跡をなぞるように。

―――グルグルと。




「そろそろ行かなきゃ」

僕のそばで声が聞こえる。

その声の主が徐々に近づいてきた。



「夜燈、起きている?」

「う…ん、おきてる…」

今日は姫蝶の家で酒盛りをしていた。

というのも燐が仏蘭西からお土産として持ってきたのは香水だけでなくワインも含まれていて、僕の両親へとして頂いたのだが、両親はそもそもワインなんて洒落たものは飲まないし、そんなものを貰ったと知ったらまた色々うるさそうなので姫蝶の家に置いておいたのだった。

それを今夜、姫蝶の誕生日ということで興が乗り開けた。
夕食時には燐もいて一緒に祝っていたのだが、流石に遅くまで男子の家にいれるはずもなく二十時程で迎えがきて帰っていった。

その後、大人もいないのを良いことに酒盛り敢行に至る。
燐がいれば絶対に飲ませろと云い、更に混沌としたことになっていたことは想像に難くないので不在で良かった。

…そして三杯ほどで僕は酔っ払って寝てしまっていたようだ。

「明日の浅草観光楽しみだね。三人で遠出するのも久々だ」
姫蝶も酒が回り、自身の誕生日を祝ってもらったせいか高揚しているようだ。

「そうだね。瑠璃が云っていた評判の役者の芝居も見る予定だし」

「僕としては芝居よりは甘味屋が一番楽しみだ」

「それは普通、女性が言いそうなことだけどね」

「いやいや、仲見世にある『うさぎや』の餡は老若男女、誰でも好きになるさ」
もう既に甘味屋めぐりプランは姫蝶の中で出来上がっているらしい。

酔った心地よさと眠気もあり、その後会話は無かった。
しかし、居心地が悪いなんてことは当然なく、お互いに饗宴の余韻を楽しんでいるようだった。


「そう云えば夜燈、君は燐に告白しないのかい?」

「……な…なにをいきなり云うんだ!君は!」

よく見ると姫蝶の目が座っていた。
甘くて飲みやすいからと僕がいない間に調子のって一人で飲んでいたらしい。

「もう傍から見ていると焦れったいんだよね。明日は芝居を観た後に急用が入ったとして抜けるから上手くやりなよ」

「いや、いきなりそんなこと言われても…」

「そんなこと云ってるから進展も何も無いんじゃないか。燐だって見合い話なんかも色々入っているはずなんだから、玉砕するにしろ自分から動かないとどこかの誰かに掻っ攫っていかれちゃうよ」

なんとも僕の気持ちも知らず好き勝手云ってくれる。
しかも玉砕前提か。

「なんでそこまで引っ付けようとするんだ。そもそも仮に僕と燐がくっついたとしたら君が居心地悪くなるんじゃないか」

「僕は君が好きで、その君が幸せになってくれることが一番嬉しいからさ…」
という恥ずかしい台詞と共に姫蝶はイビキも立てずに寝入った。

「勝手ばっかり云いやがって…」

そう独りごちて夜は更けていった。



次の日、深酒をした僕らは壮大に寝坊をした。

燐を待たせるのが恐ろしいことは二人共身に沁みているので、それはもう身支度を今までないほどの速さで済ませ朝食も食べずに飛び出した。

その際、また僕はあの懐中時計を置き去りにしてしまった。

「姫!懐中時計を忘れたから戻るよ!」

「何を云っているんですか!それではまた前の二の舞いではないですか!」

「でもあの時計がないと…」

「もう、しょうがないですね。では僕の時計を貸すので我慢して下さい。前みたいに拒否は無しです。夜燈のせいで遅刻しても連帯責任ということは分かっているでしょう」

「それなら先に行っていてくれれば…」

「僕が夜燈を残して先に行ける訳ないじゃないですか」

押し問答している時間が惜しかったので、今回は素直に借りることにした。
どうも僕はこの時計がないと落ち着かない。
それほど時間を見たりするわけでもないのだが、いつも肌身離さず持ち歩いているため無いと気持ちが悪いのだ。


なんとか待ち合わせ時間に遅刻せずに燐と合流し、一同浅草へ向けて出発した。

浅草に到着し、まずは浅草のシネマ館こと浅草東映劇場へ。

話題になるだけあって役者も上手く、主役の男も美形でカッコ良かった。
隣で燐が目をキラキラさせて魅入っているのが多少気に入らなかったが。

シネマ終了後は姫蝶は急用が入ったとして浅草東映劇場前で別れた。
その際、僕に目線で何かを訴えかけてきたが無視した。
余計なお世話だ。


「そう云えばこの映画館は『凌雲閣』があった場所でしたわね…」

姫蝶が抜けた後に浅草東映劇場を見上げながら燐が呟く。

「確か十二階建てで『雲を凌ぐほど高い』という意味の名前だったけ。関東大震災の時に壊れてしまったんだよね」

「そうですわ。十二階の大建築が哀れ震災で八階部分より上が崩壊してしまいましたの。浅草の象徴でもあったので地元の方は相当がっかりしたそうですわ」

「そんな大きな建物なら一度登ってみたかったな。内部もどんな風になっていたんだろう」

「そういえば乱歩先生が凌雲閣を舞台にした作品を執筆なさってましたわ。そこに詳細な内部の描写があったような」

「どんな作品?」

と思わず聞いてしまい(しまった…)と後悔したが後の祭り。

「『押絵と旅する男』という題名の短編ですわ!乱歩先生は自己評価に厳しいことで有名なんですが、この作品に関しては「ある意味では、私の短篇の中ではこれが一番無難だといってよいかも知れない」と肯定的な意見を仰ってましてよ!

『この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったならば…』

と云う書き出しの短編幻想小説ですわ。
主人公が汽車の中で出逢った紳士の所有する、生きているような押絵を巡って話が展開されますの。

乱歩先生は推理小説のみならず、このような幻想小説も描けるのですから本当に多才で感心いたしますわ。夜燈も興味があるようですし、短編なのですぐにでも読めるので帰ったら私の秘蔵乱歩蒐集(コレクション) から貸してあげますわ!」

江戸川乱歩の熱狂的愛好家(マニア)の燐に作品内容について聞いたのが間違いだった。
愛好家(マニア)魂に火を付けてしまったらしい。

毎度思うがこちらが一寸(ちょっと)聞いただけで必要以上の情報を洪水のように耳に流しこむのは勘弁して欲しい…。

しかし幻想小説なら気が弱い僕でも楽しめそうではある。
猟奇小説等は勘弁して欲しいが、読み物自体は好きなのだ。

「分かった。ありがたく貸して貰うよ」

「いいこと、ちゃんと読んで私に感想を云うのよ。乱歩先生の作品はお父様や叔父様にも度々勧めるのだけど、多忙でたまにしか読んで頂けないの。學校の学友の方々も乱歩先生の作品は気持ち悪いと忌避されたし。こんなに素晴らしい作品なのに」

いや…。流石にその学友達の反応が普通だと思う。
しかも燐の場合はその小説自体では飽きたらず、実際の殺人事件への関与を嬉々として行い、死体を発見しても犯人を自分の力で暴こうとする真性愛好家(マニア)であるのだから誰も付いていけないだろう。

まあ、その胆力と行動力も燐の魅力の一つではあるのだが…。


その後は、浅草寺や五重塔のお決まりの観光地を巡り、姫蝶推薦の甘味屋にも寄った。

僕としては昨日の姫蝶の唆しもあり、多少は緊張して燐と行動を共にしていたのだが、燐はまあ当然いつも通りの振る舞いだった。

むしろ、僕が挙動不審のために「悪いものでも食べましたか?」と心配される始末だった。

この分では告白なんて夢のまた夢だなと嘆息し、日も暮れてきたので帰ろうかと思い燐に声を掛けようとしたらいつの間にかいなくなっていた。

―――慌てて探そうとした時にその探し人の声があたりに響いた。
「何をしていますの!」

明らかに堅気とは思えない大男から燐が子供を庇っていた。

「いや、嬢ちゃん。ちょっとこの餓鬼が勝手にウチの島で商売やっていたもんでな。教育してやろうと思って。だからどきな」

「嫌ですわ。そもそも、そんな短刀をちらつかせて何が教育ですか!」

小さな体躯を精一杯大きく見せようと腰に両手を当てて、大男の前に仁王立ちする綺麗な少女―――燐。

しかし、その体は震え明らかに虚勢とみてとれた。

幼少の頃の想い出が頭を過る(よぎる)。

強く魅せようとすればするほど、弱さも露呈してしまうそんな彼女を。

―――そんな彼女を綺麗だと思ったから好きになったのだと。

―――悪餓鬼共から僕ら二人を庇った燐。そして今も自分以外のものの為に勇気を出して立ち向かう燐。

―――改めて彼女のことが好きなのだと心の底から思えた。


大男と燐の口論は白熱していた。
しかも燐の挑発するような物言いが火に油を注いでいる。

有賀町では絶大な効力がある燐の苗字もここ浅草のチンピラ風情には効力がないようだった。

初めは多少脅す程度だった大男も堪忍袋の緒が切れたのか、ついに燐に短刀を振りかざして襲いかかってきた。

その一瞬の刹那、自然に体が動き燐を庇うようにして間に入ることが出来た。

そして胸に短刀がめり込み僕は倒れた。

「夜燈!夜燈!しっかりしなさい!」

「ゲホ、ゲホ」
短刀は間違いなく刺さったが、姫蝶のあの懐中時計が短刀を受け止めてくれたようだ。

「馬鹿!死んだらどうするつもりなの!」

「そう思うなら無茶な行動は謹んでくれよ…」

気がつけば大男は消えていた。
燐が云うには大男がナイフを振り上げた際に、その横から跳びかかった人物がいたようだが、燐も混乱しており記憶が曖昧だそうだ。

遠くに金髪の髪の少年が見えた気がした。
『そこにいる彼は誰だろう。良く分からない…』





声の主の吐息が近づき、その唇が僕の頬に触れた。



今日は燐と僕の結婚式だ。

つきあう切っ掛けとなったのは間違いなく、あの九死に一生を得て燐を庇ったことが発端だ。あれから燐はただの友人でなく一応「男」として認識してくれるようになった。

まあ、それからつきあうことになるまでは紆余曲折あったし、その為に姫蝶に相談や仲を何度取り持ってもらったか分からない。

ちなみに僕は小説家となった。
実家には作家になると伝えた時点で勘当された。
予想は出来たことだった。
そもそも両親からはあまり期待もされていないことは分かっており、その上作家などという不安定な職業についたのだから当然とも言える。

勘当されても作家となったのだから、科学が発達し人が月などの惑星を自由に航行可能なような未来になっても、他の名作と肩を並べて残る物語を書いてみたいものだ。
などと流石に夢想が過ぎるか…。

まあ、分相応の作品を発表し食べてはいけている。

夏枝家の令嬢が僕のような冴えない新人作家と結婚ということで大騒ぎとなったが、燐が奔走し色々抑えこんだようだ。新聞記者である木場さんにも根回しを行い、ゴシップが流布しないようにしたようだ。
その行動力・実行力は未だ健在である。

親から勘当はされたが妹の瑠璃とだけは会ったりしている。
今日も結婚式に駆けつけてくれた。
母からも「おめでとう」という言葉を言付かっていると云われ思わず目頭が熱くなった。

しかし、本当のお目当ては姫蝶なのだろう。
最近ますます色気づいてきた。
今も必死に姫蝶の気を引こうとしているようだが、傍から見ているとてんで相手にされていない。
脈は無いとは思うが、もし瑠璃の猛アタックに姫蝶が折れて結婚すれば僕が「義兄」となるのか。
こそばゆいながら姫蝶と本当の家族になることを夢想すると笑みがついこぼれた。

そんな姫蝶については全くもって色恋沙汰の話が出てこない。
これほどの美貌があり、その上警察官という職の為、求愛してくる女性も相当多いと耳にはしたが。
誰か心に秘めた想い人でもいるのだろうか。
なんにせよこの親友にも人生を共にしてくれる伴侶を早く見つけて欲しいものだ。

キャメラを携えた写真屋が参列者の集合写真を撮りに来た。
「撮りますよー。並んで下さいー」

まずは僕ら三人を撮るとのことだ。

「ちょっと。せっかくの記念写真なんですからネクタイしっかり締めて下さいな」

「ごめんよ…。」

「さっそく尻に敷かれているね」

僕ら3人の関係は変わらない。

仁王立ちになって怒る燐、それにたじろぐ僕、それを見て笑う姫蝶。
それはずっと変わらなかった光景。そしてこれからも変わらないはずの光景…

「はーい。笑って!」




「なんて幸せそうな笑顔…。どんな夢を見ているのだか…」
呆れた表情をしながら、綺麗な手が夜燈の髪を優しく梳く。

何か所用があるのだろう。
名残惜しそうに夜燈のそばを離れつつ白い服を着たその人物は手元の懐中時計に目を向ける。



その懐中時計の裏蓋には『KICHOU』と刻まれていた。

                                                            了

                                             燐END「逢魔刻の夢と現実」

























※図解参考にさせて頂きました
なぜ虫が光に集まる?フラフラと近寄る行動には数学的ヒミツが!

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プロフィール

たいき

Author:たいき
エロゲオタの社会人です。
基本的に雑食ですがSF、ミステリ、考察作品を好みます。
「Ever17」
「CROSS†CHANNEL」
「SWAN SONG」
「装甲悪鬼村正」などなど

連絡先:
e64052000(a)yahoo.co.jp
((a)を@に書き換え)

応援中&期待作
ひよこソフト | 消えた世界と月と少女 『忘却執事と恋するお嬢様の回想録』を応援しています! あざらしそふと零「ヤミと祝祭のサンクチュアリ」 純情化憐フリークス【Wonder Fool】 インレ『幕末尽忠報国烈士伝 MIBURO』 雲上のフェアリーテイル【COSMIC CUTE】 【ロスト・エコーズ】情報ページ公開中! シルキーズプラス A5和牛 『バタフライシーカー』 【アオイトリ】応援バナー あっぷりけクラウドファンディングプロジェクトを応援しています! 【ChronoBox】応援中 【サクラノ詩】応援中! W-Standard,Wonderland-ダブルスタンダード・ワンダーランド- この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで この空の果てまで
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